
った。後ろ姿を見ていると、彼が入院患者などとは嘘のようである。
私は、「一緒に行こうか」と、一瞬思ったが車の中で待っていた。十分程して彼はゆっくり帰ってきた。
車の運転席についた彼に、「免許証はもらえたの」と聞くと、財布から出して見せてくれた。「これで車も運転できるの」、「よく見ろ」と言う。「老眼鏡がないからわからない」と言うと、がっかりしている。免許証にはステロイドの副作用で赤くはれた顔が貼られてある。
「おめでとう、よかったね」彼も、「うん」とうなずいた。それから運転を指導してくれた教習所へ寄った。女の事務員が、「午前中、菓子折りを持って挨拶に来てくれましたよ」と言われ、私は息子も少しは気が付くようになったかと嬉しかった。
彼は車を運転しながら、「とうとう免許を取ったか」と笑った。「一年かかったね」、「うん」。満足そうにうなづいた。彼が、バイクの免許を取りたいと言い出してからのことを振り返ってみた。去年の九月、暴力事件を起こして突然、学校を退学、家に送り返された。歯科技工科三年で、あと半年で卒業、就職先も自宅から通勤可能な所に決まりそうで、私も一息付けるような気持ちでいたときであった。それだけに、退学は私にとって大変なショックであったが、本人はことの重大さをあまり感じていないようであった。
夫は定年退職していたが、精神的に不安定で、幼いときに病気で聴覚障害になった息子を十分に受け入れてはいなかった。高等科のある小樽は夫の郷里で、札幌に近い。私はできるだけ学校行事に出席してくれるよう頼んでいたが、本科も卒業し、専攻科にも入ったので夫は、あ
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